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最高裁判所第三小法廷 平成2年(行ツ)162号 判決

神奈川県藤沢市鵠沼桜が岡二丁目三番一二号

上告人

早川久雄

右訴訟代理人弁護士

木村保夫

神奈川県藤沢市朝日町一丁目一一番地

被上告人

藤沢税務署長 伊藤義一

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行コ)第七三号所得税更正処分取消、更正処分取消請求事件について、同裁判所が平成二年六月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人木村保夫の上告理由第一、第三、第四点について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張(上告理由第一点)は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。

同第二点について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論は、違憲をいうが、その実質は単なる法令違背を主張するものにすぎず、原判決に法令違背のないことは、右に述べたとおりである。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 坂上壽夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

(平成二年(行ツ)第一六二号 上告人 早川久雄)

上告代理人木村保夫の上告理由

第一点 憲法一四条違反

原判決は、所得税法七三条二項及び同法施行令二〇七条の解釈を誤り、憲法一四条に違反する。

一 原判決の判示

原判決は、厚生省健康政策局総務課長から社団法人日本眼科医会会長に宛てて同省通達平成元年九月二〇日付総第二三号(甲第二九号証)によって、調節異常、不等像性眼精疲労等の難治性疾患、白内障・緑内障等の治療の一環として医師によって装用される眼鏡の購入費用については、従来から医療費控除が認められているものであるとして、その周知徹底方を通知したこと及び右通達を受けて日本眼科医会会長から所属会員にその周知徹底方がはかられていること(甲第二七号証、同二八号証)を認定し、従って、眼鏡が、医師による前記眼科疾患の治療の一環として装用される場合は別として、近視等の屈折異常の矯正のため一般的に装用される場合には基本通達七三-三の規定上除外されていると見るべきであり、所得税法七三条二項及び同法施行令二〇七条の趣旨に照らしても、右のように眼鏡等を除外したことが法及び施行令に違反すると認めることはできないと判示する。

二 「単純近視」と「不等像性眼精疲労」等の区別の不合理性

しかしながら、前記厚生省通達が控除の対象となる疾病としてあげる「調節異常」「不等像性眼精疲労」「変成近視」などと上告人の「単純近視」を医療費控除に関し区別する合理的理由はない。なぜなら、一例を「不等像性眼精疲労」にとって言えば、「眼性疲労」という病的症状は、「不等像性眼精疲労」における「左右眼の眼底像の差」に基因するだけでなく、「単純近視」のように調節と輻奏の不均衡に基因する眼精疲労(調節性眼精疲労)もあり、これも患者の苦痛を取り除く治療という点から考えれば「不等像性眼精疲労」の場合と同様「医師による治療」であるからである。(甲第三〇号証、問六・問一〇答)。また、厚生省通達によれば「不等像性眼精疲労」の治療方法として薬物療法のほか、光学的に眼底の不等像を消すために眼鏡を装用させるとする。しかし、「不等像性眼精疲労」も「単純近視」も同様に眼の機能傷害であることから、「眼精疲労」という病的症状を治療するための治療としては「物を良く見せるために又視力を出すために」眼鏡を装用させることが中心となる点でもまた同様である(甲第三〇号証、問一〇答)。従って、医療費控除に関し、「単純近視」を「不等像性眼精疲労」等と区別し、後者に限って控除を認めることは、「単純近視」によって眼鏡等を購入した者と「不等像性眼精疲労」等によって眼鏡等を購入した者とを合理的理由もなく差別することになり、法の下の平等を保障する憲法一四条に違反する。

三 右のように、原判決は、所得税法七三条二項及び同法施行令二〇七条の解釈を誤り、憲法一四条に違反する。

第二点 憲法八三条・八四条(租税法律主義)違反

一 通達課税について

1 憲法八四条は「租税の新設・変更は法律または法律の定める条件による」ことと定める。本条及び八三条の財政民主主義の理念からみて、本条は「広く租税に関しては本来、法律または法律の定める条件による」という趣旨である。従って、租税の新設・変更のみならず本件のような「税金の控除」についても本来、法律または法律の定める条件によるべしということである。

2 ところで、本件医療費控除に関しては、所得税法七三条二項は、控除の対象となる医療費とは「医師又は歯科医師による診療又は治療、治療又は療養に必要な医薬品の購入その他医療又はこれに関連する人的役務の提供の対価のうち通常必要であると認められるものとして政令で定めるものをいう」と定めるのみで、具体的範囲については政令に委任している。これを受けて同法施行令二〇七条は控除の対象となる医療費の範囲として、次に掲げるもののうち「その病状に応じて一般的に支出される水準を著しくこえない部分の金額」として医師等による診療等の対価等を限定的に列挙しているとされる。しかるに、原判決も認定するとおり、その後の社会保険制度の充実や医療技術の進歩に伴って、同法施行令二〇七条に定める医療費よりもこれに付随ないし関連する費用の負担の方が重くなっている状況となったことから、この実情を踏まえて「担税力の調整」という医療費控除制度の趣旨を税務の執行面に反映させるためとのことで基本通達七三-三が発せられた。右基本通達は、次に掲げるもののように医師等の診療等を受けるために、「直接必要な費用」は控除の対象となる医療費に含まれるとして、左記(一)ないし(三)を例示している。

(一) 医師等の診療等を受けるための通院費もしくは医師等の送迎費、入院もしくは入所の対価として支払う部屋代、食餌等の費用又は医療器具等の購入、賃借もしくは使用のための費用で通常必要なもの

(二) 自己の日常最低限の用を足すために供される義手、義足、松葉づえ、補聴器、義歯等の購入のための費用

(三) 身体障害者福祉法三八条、精神薄弱者福祉法二七条もしくは児童福祉法五六条又はこれらに類する法律の規定により都道府県知事又は市町村長に納付する費用のうち、医師等の診療等の費用に相当するもの並びに(一)及び(二)の費用に相当するもの

3 本来、通達は上級の官庁が下級の官庁に対して法令の運用や取扱に関する準則、法令の行政的解釈の基準を示す示達の方式であり、それは行政部内の規則であって国民を拘束するものではない。ところが実際には、通達は、実質的に国民を拘束する場合が多く、中でも税務通達はこれが顕著である。しかも、原判決が認定するとおり、本件の眼鏡購入費の医療費控除については、問題となる税務通達(基本通達七三-三)のみならず、税務通達の不十分さ・不明確さを補うべくおよそ税務とは管轄違いの厚生省通達(甲第二九号証)によって、控除となる疾患等が定められ、実際の執行面で基準として機能しているのである。しかるに原判決は、これを看過し、安易に基本通達七三-三及び厚生省通達を解釈して「近視等の屈折異常の矯正のため一般的に装用される眼鏡の購入費用については基本通達七三-三の規定上除外されているとみるべきである」と判示するのである。原判決は、この点において憲法八三条・八四条の規定する「租税法律主義」に違反するといわざるを得ない。なぜなら、〈1〉通達は行政部内の内規に過ぎないのであるから、通達の制定過程に対する民主的統制が充分ではないこと、〈2〉一方、課税は強制的性格をもち、国民の生活に直接重大な影響を及ぼすものであることからして、本来、本件のような「税金の控除」についても法律または法律の定める条件によるべきこと、〈3〉しかるに、本件医療費控除については、基本通達七三-三及び厚生省通達が民主的統制も不十分なまま実際上の運用面で国民を拘束しているからである。

4 通達課税については、「課税がたまたま通達を機縁として行なわれたものであっても、通達の内容が法の正しい解釈に合致するものである以上、課税処分は法の根拠に基づく処分と解するに妨げがない」とする判例が存在する(最判昭和三三・三・二八)。しかし、仮に右判例を首肯するとしても本件の場合には、なお、憲法八三条・八四条違反であるといわざるを得ない。なぜなら、前記2で引用したとおり、法は医療費控除の範囲について「通常必要であると認められるものとして政令で定めるもの」と定め、これを受けた政令も「その病状に応じて一般的に支出される水準を著しくこえない部分」と定めるにもかかわらず、通達では「直接必要な費用」とまで厳格な絞りをかけており、右は、もはや法律の定める範囲を超えており、右判例にいう「通達の内容が法の正しい解釈に合致するもの」とはいえず、本件処分が法の根拠に基づく処分とはいえないからである。

二 客観的一義的明白性の欠如

1 憲法八四条「租税法律主義」は、課税が強制的性格をもち、国民の権利義務に直接重大な影響を及ぼすものであることから、法律または法律の定める条件が国民にとって客観的一義的に明白であることを要請し、これに反する法律または法律の定める条件は憲法八四条に違反することとなる。

2 本件の医療費の控除についての規定をみると、所得税法七三条二項は、控除の対象となる医療費とは「医師又は歯科医師による診療又は治療、治療又は療養に必要な医薬品の購入その他医療又はこれに関連する人的役務の提供の対価のうち通常必要であると認められるものとして政令で定めるものをいう」と定めるのみで、具体的範囲については政令に委任している。これを受けて同法施行令二〇七条は控除の対象となる医療費の範囲として、「その病状に応じて一般的に支出される水準を著しくこえない部分の金額」として、「医師又は歯科医師による診療又は治療」等の対価を限定的に列挙している。そして、更に基本通達七三-三が、次に掲げるもののように医師等の診療等を受けるために直接必要な費用は控除の対象となる医療費に含まれるとして、左記(一)ないし(三)を例示している。

(一) 医師等の診療等を受けるための通院費もしくは医師等の送迎費、入院もしくは入所の対価として支払う部屋代、食事等の費用又は医療器具等の購入、賃借もしくは使用のための費用で通常必要なもの

(二) 自己の日常最低限の用を足すために供される義手、義足、松葉づえ、補聴器、義歯等の購入のための費用

(三) 身体障害者福祉法三八条、精神薄弱者福祉法二七条もしくは児童福祉法五六条又はこれらに類する法律の規定により都道府県知事又は市町村長に納付する費用のうち、医師等の診療等の費用に相当するもの並びに(一)及び(二)の費用に相当するもの

3 これを見るに、第一に、法律または政令の定めは「医師等による診療又は治療等の対価」というだけで、社会保険制度の充実や医療技術の進歩に伴い、国民の受ける診療・治療はその種類・態様とも立法時に比べ格段に拡った結果、国民にとっては診療・治療の種類・態様が様々であるだけに右のような法律または政令の定めによっては一体どの診療又は治療等の対価について医療費の控除がみとめられるかが客観的一義的に明らかであるとはとても言えない。現に、原判決によれば、それ故に基本通達七三-三が発せられ(通達による実質的な基準の設定の是非はおくとして)、法及び政令の趣旨を確認するとともに同法施行令二〇七条に定める医療費よりもこれに付随ないし関連する費用も認められるようになったのである。第二に、されば基本通達七三-三によって基準が客観的一義的に明白になっているかといえば、それ自体矛盾する定め方であり、曖昧である。すなわち基本通達七三-三は一方で「次に掲げるもののように医師等の診療等を受けるために直接必要な費用は控除の対象となる医療費に含まれる」という要件を掲げながら、他方で例示として「自己の日常最低限の用を足すために供される義手、義足、松葉づえ、補聴器、義歯等の購入のための費用」をあげており、「医師等の診療等を受けるために直接必要な義手、義足、補聴器等」などというものが在りえないにもかかわらず(手足を失ってしまい、それ以上医師の治療・診療を受けても機能回復できないからこそ義手、義足を装着するものである)これを認めるのである。

4 以上のとおり、本件医療費控除に関する法律または法律の定める条件は国民にとって客観的一義的に明白ではなく、憲法八四条に違反するものであって、これを看過し、安易に所得税法七三条二項、同法施行令二〇七条及び基本通達七三-三を解釈、適用して、近視等の屈折異常の矯正のため一般的に装用される眼鏡の購入費用については基本通達七三-三の規定上除外されているとみるべきであると判示する原判決は、この点において憲法八三条・八四条の規定する「租税法律主義」に違反するといわざるを得ない。

第三点 仮に、本件医療費控除に関する所得税法七三条、同法施行令二〇七条及び所得税基本通達七三-三が憲法八三条・八四条に違反しないとしても、原判決は、所得税法七三条、同法施行令二〇七条及び所得税法基本通達七三-三の関係並びに解釈・運用についての法的判断を誤るものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

一 原判決はこの点について次のように判示する。即ち、所得税法七三条二項及び同法施行令二〇七条の規定は、医療費控除の対象となる医療費として医師等による診療等の対価を限定的に列挙するのみであったが、その後の社会保険制度の充実や医療技術の進歩に伴って、右規定による医療費よりも、これに付随ないし関連する費用の負担の方が重くなっている状況となったことから、この実情を踏まえて担税力の調整という医療費控除制度の趣旨を税務の執行面に反映させるために定められたのが基本通達七三-三である。そして、基本通達七三-三は法七三条、施行令二〇七条の範囲を明らかにしたものであるという。であるならば、まずここで確認すべきは

第一に基本通達七三-三が法及び施行令二〇七条に規定する医療費の範囲よりも広い範囲で控除の対象となる医療費を認めようとするものであること。

第二に、その趣旨は、施行令二〇七条に規定する医療費の範囲よりも医療に付随ないし関連する費用の負担のほうが重くなっている実情に鑑み、担税力の調整という本制度の目的を税務の執行面に反映させるべくなされたものであること。

従って、第三に、基本通達七三-三の解釈・運用に際しては、国民の医療及び医療に付随ないし関連する費用負担を一方で健康保険診療をみとめるとともに、他方で医療費控除として認めることで担税力の調整をするという右の趣旨に沿ってなされるべきであること

第四に、このような基本通達七三-三の適正な解釈・運用は、当然法七三条、施行令二〇七条のみとめる範囲であること

である。

二 このような前提に立つ時、基本通達七三-三の解釈について、医療費控除の対象となる医療費の範囲は「医師等による診療等を受けるために直接必要な費用に限定される」「医療用具についても医師等が自ら行う治療等のために使用することが予定されているものに限る」とし、眼鏡等の購入費用及び購入に先立つ検眼費用・処方料は右に当らないとする原判決の判示は、施行令二〇七条との関係で基本通達七三-三の解釈を誤っているといわざるを得ない。なぜなら、第一に、原判決は、前述のとおり、「基本通達七三-三が国民の医療の実情に合わせて、医療費の控除を認めることで医療費の負担を減殺させるためのものであること」従って「施行令の解釈として医療費として控除される範囲を運用の実際において実質的に拡大したものというべきである」としながら、実際には施行令の文言どおりの解釈にとどまり、基本通達七三-三の解釈に際して自ら示した基本的姿勢が全く窺われないからである。眼鏡等は近視等の度の進行具合いによって度々購入を余儀なくされるものであって、その費用は他の医療費支出に比べても決して低廉であるとはいえないし、まして家族の何人もが眼鏡等を必要とする場合にはなお更である。制度趣旨に基づく適正な税務の執行を考えるならば、この実情をまず直視し、解釈されるべきである。第二に、基本通達七三-三に引き続く同通達七三-四は「健康診断のための費用及び容貌を美化し、または容貌を変えるなどのための費用は医療費に該当しないことに留意する」旨定め、更に同通達七三-五は「疾病の予防又は健康増進のために供せられる医薬品の購入費は医療費に該当しない」旨定めているところからみれば、基本通達七三-三は同通達七三-四、同通達七三-五で留意的に除外するもの以外は国民の医療の実情に合わせて、広く医療費の控除を認める趣旨であると解するべきだからである。第三に、現に基本通達七三-三は明文上医師等の送迎費まで認め、また税務の実際の場面では、いわゆる寝た切り老人の紙おむつの購入費用についても医療費控除が認められているというところからみても、基本通達七三-三は医療に関連し、付随する費用についても控除の対象とする趣旨であって、決して原判決判示のように「医師等による診療等を受けるために直接必要な費用に限定されるむとか「医療用具についても医師等が自ら行う治療等のために使用することが予定されているものに限る」という趣旨ではないからである。

以上述べたとおり、この点において、原判決は、所得税法七三条、同法施行令二〇七条及び所得税基本通達七三-三の関係並びに解釈・運用についての法的判断を誤るものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背である。

第四点 原判決には、次の各点について審理不尽・理由不備の違法がある。

一 眼鏡等の購入費等の医療費性について

1 原判決は、眼鏡等の購入費等に医療費性について否定する。その根拠とするところは、(一)近視等の眼の屈異常は、環境的要因もあるが、遺伝的要因に強く支配されていること、(二)わが国においては眼鏡等を装用し折ているものが四〇〇〇万人にも昇るといわれ、近視等を矯正するために眼鏡等を装用することは一般的ともみられる現象であること、(三)眼鏡店における検眼及び眼鏡等の装用には事実上制限がなく、医師の検眼を受けなくとも眼鏡等を購入でき、現に眼鏡店で購入するものの方が多数であること。(四)近視等の屈折異常は当面眼鏡等の装用によってこれを矯正する以外に是正の方法がなく、眼の機能それ自体を医学的方法で正常な状態に回復させるという意味での治療は考えられないのであって、医師の検眼を受ける場合であっても近視等のために眼鏡等を装用することを前提とした検眼としては、単に屈折異常の程度を計測して眼鏡等による矯正の必要度を判断するにすぎず「診療」ないし「治療」とは断定しがたいこと等を挙げる。しかし、原判決が判断の根拠だとする右の点は、(一)は「近視は遺伝的要因が強いらしい?」といっているにすぎず、(二) 及び(三)は「わが国は近視大国で、みんな眼鏡店で眼鏡を買っている。」という現象をいうにすぎず、(四)は「近視は結局治らないし、だから医者にかかっても眼鏡屋に行くのと変わらないよ。」といっているにすぎず、何ら実証的な検証がなされていないといわざるを得ない。第一に、何故、遺伝的要因が強いことが医療費性否定の根拠となるか、第二に、何故、多くのものが眼鏡店で眼鏡を購入しているという現象だけから、上告人のように大切な眼のことだから医師の診療・検眼を受けて眼鏡を購入した場合までその費用につき医療性を否定する根拠となるのか。第三に、何故に近視等の屈折異常が眼鏡等の装用以外に矯正の方法がないことをもって、医師が近視等のために眼鏡を装用のため検眼することを「診療」ないし「治療」とは言えないのであるか。医師あるいは患者の立場に立てば、原判決のいうように近視等がたとえ治らないものであっても、眼鏡等を装用させ適正な視力に矯正することで、眼精疲労や頭痛・吐き気・肩こり等の身体の異常(これは正に病気である)を防ぐこと、あるいはこれらの症状がすでに発生している場合にはその原因を究明し、原因となっている屈折異常を眼鏡等を装用させることでそのような症状を除去することは立派な「医療行為」である。この点について、近視等以外の他の病気の発見のためや正しい検眼及び眼鏡等の処方の為にそれらは本来医師のみが行い得る医療行為であることは、被上告人提出の乙第七号証(問一三)及び甲第二六号証(問一六)において両医師がともに認めるところであるし、また被上告人自身もそれが本来法の要請するところであることは認めているのである(被上告人一審準備書面(四)第三項1)。更に言えば、原判決は「治療」即ち「治す」ことが入らねば「診療」ないし「治療」とは認めないようであるが、他方で原判決が「白内 障の治療等医師が行うべき医療行為に伴って、これに必要なものとして検眼及び眼鏡等の装用が行われるときは格別」とし、その眼鏡購入費を控除の対象として認めている白内障・緑内障においても、治療として濁った水晶体を摘出した結果、焦点があわない状態は治らないのである。それに対して眼鏡等を装用させるのであって、白内障の進行を止めたり、水晶体摘出以外の方法で完全に治癒するのに役立つ眼鏡などというものは存在しないのである。このことは、老人性難聴以外の難聴と補聴器の関係も同様である。治らないからこそ補聴器を医師がつけさせるのである。にもかかわらず、原判決は現に、原告が医師の検眼を受け、その対価として医師に支払った検眼費用についても、屈折検査は単なる眼鏡作り替えのための費用で、眼鏡の装用は近視等を治療することにはならないから医療費にはあたらないとか、細隙顕微鏡検査及び眼底検査料については、単に「健康診断のためにされたものと同じで」医療費にはあたらないと判示する。この原判決の判示は、近視等に対する眼科医の医療行為を頭から否定し、「そんなものはメガネ屋の仕事だ。メガネ屋にやらせておけばよいことで余計なことをするな。」というに等しい暴論である。

2 以上述べたとおり、原判決は、眼鏡等の購入費等の医療費性について、何ら実証的な検証をしなまま、独断と推測のみで否定するものであって、審理不尽・理由不備の違法がある。

二 「単純近視」と「不等像性眼精疲労」等の区別の不合理性について

1 前記第一点一項で述べたとおり、原判決は、厚生省通達によって調節異常、不等像性眼精疲労等の難治性疾患、白内障・緑内障等の治療の一環として医師によって装用される眼鏡の購入費用については、従来から医療費控除が認められているものであると認定し、眼鏡が、医師による前記眼科疾患の治療の一環として装用される場合は別として、近視等の屈折異常の矯正のため一般的に装用される場合には基本通達七三-三の規定上除外されていると見るべきであり、所得税法七三条二項及び同法施行令二〇七条の趣旨に照らしても、右のように眼鏡等を除外したことが法及び施行令に違反すると認めることはできないと判示する。

2 上告人は、前記第一点二項で述べたとおり、控除の対象となる疾病として認められる「調節異常」「不等像性眼精疲労」「変性近視」などと上告人の「単純近視」とを医療費控除に関し区別する合理的理由はないと考える。なぜなら、一例を「不等像性眼精疲労」にとって言えば、「眼精疲労」という病的症状は、「不等像性眼精疲労」における「左右眼の眼底像の差」に起因するだけでなく、「単純近視」のように調節と輻奏不均衡に基因する眼精疲労(調節性眼精疲労)もあり、これも患者の苦痛を取り除く治療という点から考えれば「不等像性眼精疲労」の場合と同様「医師による治療」であるからである。また、厚生省通達によれば「不等像性眼精疲労」の治療方法として薬物両方のほか、光学的に眼底の不等像を消すために眼鏡を装用させるとするが、「不等像性眼精疲労」も「単純近視」も同様に眼の機能傷害であることから、「眼精疲労」という病的症状を治療するための治療としては「物を良く見せるために又視力を出すために」眼鏡を装用させることが中心となる点でもまた同様であり、医療費控除に関し、「単純近視」を「不等像性眼精疲労」と区別し、後者に限って認める合理的理由はないのである。

3 しかるに原判決は、形式上「単純近視」が厚生省通達が控除の対象となる疾病として掲げられていないことのみをもって、右のように判示し、「不等像性眼精疲労」等と「単純近視」との間に差異があるのか否か、仮に医学上の差異が認められるとして、両者を医療費控除に関し区別する合理的理由があるのかどうかについての判断を全くしていない。原判決は、この点についても審理不尽・理由不備の違法がある。

以上、いずれの点からも原判決は違法であり、破棄されるべきである。

以上

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